レコード史 “番外編”

20世紀に入るまで、音楽に限らず芸術を意味あるものとして捉え、そして楽しむということのできた階層は、時間とお金を自由に使うことのできる上流階級であり富裕層だけで、芸術を「一般の人」が簡単に楽しむことはできませんでした。20世紀に入ってあらゆる分野で「技術」が次々に開発され、コストのかかる「本物」を楽しむことはできなくても「複製物」で楽しむことが可能になりました。「技術」の進化が一般の人に大きく貢献したのは特に「音楽」の分野です。

1948年にアメリカ、コロンビアがLPを発明して、「複製物」の音質が飛躍的に向上しました。さらにステレオ化されて、「音楽愛好家」は「複製物」であるレコードの音質を極限まで向上させて再生させようと努力を重ねました。「音楽家(ミュージシャン)」はもちろん「音楽愛好家」ですし、「レコード会社」ももちろん、「音楽愛好家」の集団です。音質の向上は「疑問の余地」のない使命と考えていました。音質向上は再生装置の進化を必要とし、それは高価格化と装置の大型化を招きます。

しかし、「音楽愛好家」がこだわるほど「一般の人」は音質にこだわりません。「一般の人」にとっては音質にこだわるよりも「いつでも、どこでも、簡単」に音楽を聴けることのほうが大事なのだということが、i-Podをはじめとする超小型の音再生機の世界的普及によってハッキリし、21世紀に入りました。

私達はレコードの歴史を見る時に、SP盤、LP:EP、CDという順番で語りますが、レコーデットカセットテープについて語ることはありません。しかし、レコーデットカセットテープの生産が統計上に出てくるのは1971年で49億円の売上があり、その後毎年売上げを伸ばし続けCDが世の中に出回り始めた1985年頃一度は売上げの伸びが止まったものの、EP:LPが完全にCDに圧倒されたことが明白になった1988年にレコーデットカセットテープは1,008億円の史上最高の売上げを記録しています。この年EP:LPはわずか317億円の売上げまでに激減していますから、レコーデットカセットの健闘は注目しなければなりません。

CDは8cmCDを含めて2,052億円の売上げでしたから、カセットテープの購入者のマーケットが無視できないほどの大きさだったことがわかります。音質にこだわる人はEP:LPから「アッ」という間に(それもわずか3年ほどで)CDに転換しましたが、「いつでも、どこでも、簡単に」音楽を聴きたい人はレコーデットカセットテープに止まっていたことがわかります。レコーデットカセットテープが長く命脈を保ったのは、操作の容易なラジカセという機材の普及によるものです。LP:EPはかなり注意深く操作しなければならないことに比べ、幼児でも老人でも簡単に扱えたことが大きな理由です。

しかし、その後CDラジカセの登場によって扱いやすいCDは次第にレコーデットカセットテープの座を奪いました。カセットテープが登場して以来、カセットデッキ、ラジカセ、カーステレオ、ウォークマン、CDラジカセ、と「いつでも、どこでも、簡単に」音楽を聴く環境を一般人は必要としていますが、音質にこだわる「音楽家(ミュージシャン)」や「レコード会社の人」といった「音楽愛好家」と「一般人」の間に近年大きな溝ができ始めています。もちろんこれはMP3を代表とする圧縮した音源を配信することで起きていることです。「いつでも、どこでも、簡単に」という「一般人」の強い欲求を「音楽愛好家(ミュージシャン)や「レコード会社」が過去にとらわれて新しい局面に対応できていないのかもしれません。

昨年(2005年)レコード協会所属会社の配信による売上げは統計によると342億円になりました。本年(2006年)は推計で600億円に迫る勢いです。この売上げはCD、音楽DVD等、音楽パッケージ商品推計売上予想4,000億円の10%をはるかに超えます。ここに来て、配信が急激に伸びる時期に突入したといっていいでしょう。2007年は本格的な配信の年となることが予想されます。