「イノベーション 25」

ここ6回、47秒の音楽、つまりは47(よんなな)について書き続けたので、結構疲れました。
南国酒家さんのコメント「長い前フリ ご苦労様」を読んだ時には、大声で笑っちゃいました。
好意と多少の皮肉のバランスが絶妙で、とても気持良かったです。(笑) 有難うございました。

そんなわけで いつもの調子に戻るのですが、47(よんなな)話の最初(2月20日)にも書いたように
今 日常的に使われている科学技術の原理の多くは 19世紀中頃に発明され、発見され
20世紀の前半に実用化のメドがたち、20世紀後半、つまり第二次世界大戦後に大量生産され
日常化されて 今にいたっています。

で、「画期的な新しい技術 なんてものは、そろそろ出尽くしたんじゃないだろうか?」が私の最近のテーマです。(笑)


2月27日付日経新聞第一面下段のコラム「春秋」に1901年(明治34年)の正月に当時の「報知新聞」が予想した科学技術の進歩の夢が引用されていました。


「急行なら 東京神戸間は二時間半。 石炭を使用せざるをもって煤煙(ばいえん)の汚れなく。」とか
「天災中のもっとも恐るべき暴風起こらんとすれば、大砲を空中に放ちて 変じて雨となす。」とか
「切開術(手術)は電気によるをもって毫(ごう)も苦痛を与えることなし。」とか
「人と獣の会話自在」といった100年前の科学技術の進歩の夢が描かれていました。


ここに描かれている技術進歩の夢は 未だ実現していないものもなかにはありますが
日本人が20世紀の初頭にイメージした夢は ほとんど実現してしまったといえるでしょう。
そして その同じコラムの記事の中に、最近政府がまとめた、20年後に向けた新しい夢「イノベーション25」についても書かれています。
イノベーション25」って何だろう? と内閣府のホームページを見てみると、たいしたことは書かれていません。(笑)
イノベーション25戦略本部」で議論なさっている各委員は各界の権威ある方々なのですが
ビックリするような夢を語ってくれていません。
「ナーンダカナー・・・・・・・。 面白そうじゃネーナー・・・・・・。」です。

で、おもうに、「イノベーション25」のつまらなさは 各委員の方々の能力が低いといったことではなくて
「画期的な技術の進歩が そろそろ出尽くしたこと の反映」なんじゃないかと思うのです。