厳しい人生に耐える覚悟


厳しい人生に耐える覚悟

少し前になりますが (3月16日)曽野綾子さんが 産経新聞のコラムに
「厳しい人生に耐える覚悟」というタイトルで 今回の東日本大震災について
書かれていました。
大意は

私たちは常に人生からも、今回は地震からも何かを学ばねばならない。
それが人間の分際というものだ。
いかなる運命からも学ばない時だけ、人はその非運に負けたことになる。
さしあたり、私たちは、「安心して暮らせる」などという現世には決してない言葉に
甘えることの愚をはっきりと悟るべきだろう。
長い年月、政治家が選挙の度に私たちに「安心して暮らせる生活」などという
詐欺に等しいものを約束し、国民もまた、いい年をした老人までが
「安心して暮らせる生活」を信じて要求した。
もうこの辺で、その錯覚をはっきりと見定めて生きるべきだろう。

というものでした。
これを読んで「いい年をした老人までが」というフレーズに 老人の私は
頭を叩かれた気がしました。

もうひとつ(3月31日) 瀬戸内寂聴さんが 朝日新聞
「無常 どん底は続かない、どんな不幸の中でも 希望の見える世を信じて」
という文章を寄稿されています。
こちらもそのなかの一部をご紹介します。

人間の知識や進歩のはかなさと、自然の脅威の底知れなさに震えあがった。
人間はいつの間にか思い上がり、自然の力を見くびりつづけてきたように
思われる。
宇宙を見極めたつもりで、無制限な大自然の一端も覗き得ていなかったのでは
ないか。

私たち誰もがいま 瀬戸内寂聴さんと同じ思いを持っていると思います。

3月11日、14時46分に起こった東日本大震災から 一月になろうと
しています。
多くの識者がこの大災害に関して 意見を述べておられますが
曽野綾子さん、瀬戸内寂聴さん、お二方の様な「この危機の本質は何なのか」
を「ざっくり」と示されたのを わたしは目にしていません。
多くの識者が 起こったことの大きさに仰天し、うろたえてしまったのは
やむを得ない事ですが 政府の対応の拙さや 東京電力に対する責任の
追及やらがもっぱら 今の時点でもされています。
今回の様な危機的状況が現出した時、うろたえずに対処し、本質を語るのが
いかに難しいのかがわかります。

しかし この世の中の有り様の本質とは別に、今のような状況に
放り込まれたたら、どうしたらいいのかという場面に私たちは
毎日直面しています。
私は更に 次のお二人の書かれている意見に同意していますので、ご紹介します。
最初は 池澤夏樹さんが 4月5日朝日新聞夕刊の「終わりと始まり」という
コラムの中で書かれている文章です。

正直に言えば、ぼくは今の事態にたいして言うべき言葉を持たない。
被災地の惨状について、避難所で暮らす人たちの苦労について、暴れる
原子力発電所を鎮めようと(文字どおり)懸命に働いている人々の努力
について、いったい何が言えるだろう。
自分の中に色々な言葉が去来するけれど、その大半は敢えて発語するに
及ばないものだ。
それは最初の段階でわかった。
ぼくは「なじらない」と「あおらない」を当面の方針とした。
政府や東電に対してみんな言いたいことはたくさんあるだろう。
しかし現場にいるのは彼らであるし、不器用で混乱しているように見えても
今は彼らに任せておくしかない。
事前に彼らを選んでおいたのは我々だから。
今の日本にはこの事態への責任の外にいる者はいない。
我々は選挙で議員を選び、原発の電気を使ってきた。(沖縄県と離島を除く)
原発と言っても自家発電だけで暮らすことを実行した者はいなかった。

次は伊集院 静さんが 毎週週刊文春に書かれている「悩むが花」という
人生相談風 エッセーの4月7日号掲載の文です。

Q(読者からの質問という形になっています)
  福島原発の事故について、海外メディアとの報道の温度差にとまどっています。
アメリカなどは80キロ圏内の避難勧告出しており、日本から退避する動きも
広がっています。
この問題をどう受け止めたらいいのでしょうか?
A(伊集院 静さんの答え)
  福島原発の事故の受け止め方かね? 真相かね?
  そりゃ今の時点じゃ、なにひとつわからんでしょう。
  東京電力が何かを隠しとると言う人がいるが、隠したってあとでわかる
  ことだろう。
  アメリカが80キロ圏内の避難勧告をしたって?
  それがこういう事故の時の普通の対応なんだろう。
  「それじゃ、日本は普通じゃないんですか?」
  そんなに驚くなよ。そりゃはっきり言って普通じゃないだろう。
  けど君、どこに逃げるの?
  こんな狭い国で?
  「最悪の事態になったら日本中が汚染されてしまうんですか?
私たち皆 被曝してしまうんですか?」
  そりゃそうだろう。
  原子力発電は危険が伴うとわかっていて、日本人は皆がこれを
  承知したんだから、仕方ないんじゃないか。
  「それで平気なんですか?」
  わしは平気だよ。
  けど将来のある女性や子供は危険になったら避難させてやらにゃ
  いかんだろう。
  「その危険状態になってるんじゃないんですか?」
  そうかもしれんけど、わしら男はジタバタしてもしょうがないぜ。
  「このまま死ねというんですか?」
  だから死にたくなきゃ逃げろって。
  誰も文句は言わんし、頑張って生きろ。

マスコミや ジャーナリストや 識者と言われる人たちの発言が いまだに
冷静さを欠いているように思えるので 曽野綾子さん 瀬戸内寂聴さん 池澤夏樹
さん 伊集院 静さんの冷静な文をご紹介しました。
この4名の方々はみな文学者です。

津波の被災地の復興は まさか旧来の形に戻すというわけにいかないでしょうから
復興のマスタープランを作るのに時間がかかるでしょう。
福島原発は 願望どおりに鎮まってくれるのでしょうか。
仮に鎮まってくれるとしても 長い時間がかかります。
全てを失ってしまわれた被災地の皆さん、退避勧告を受けて避難なさっている
皆さん、生産活動ができなくなってしまわれた農・漁業の皆さん、
退避勧告を次に受けるかもしれない地域に住まわれている人たちだけでなく 
更にその周りの 日本の全ての人たちが 緊張しっきって推移を見守っています。
私たちはこの緊張をこれから先も続けることができるのでしょうか。

多分 緊張に耐えられなくて 今より更にヒステリックになるのは
マスコミやジャーナリストだと思います。
それは 彼らの仕事が現在の状況を出発点にするからです。
状況が改善されなければ 彼らはこれから先もヒステリックに危機を
煽り続けるでしょう。
それに対して 文学者や哲学者は現在の状況はともかくとして、
日常から離れたところから 思考をスタートさせますから
今回のような 過去に経験したことがない 天災と人災の複合災害を
冷静に見ているのだと思います。 

経験したことがない事態に直面している私たちへの指針は間違いなく
文学者 哲学者がだしてくれそうです。
この危機に際して 文学者 哲学者の発信を期待します。