久世光彦さんのこと 3

久世光彦さんのことを書こうとして前置きが長くなっています。(笑)


カラーTVが全国に普及した頃 久世さんは「時間ですよ」というコメディー・ドラマを演出しました。
そして歌唱力というよりも 「ルックス」で大ヒットになったと言われている 天地真理浅田美代子
世の中に送り出しました。
天地真理デビュー曲「ひとりじゃないの」の作詞は小谷夏となっていますが、久世光彦ペンネームです。


久世光彦さんは 1965年に「七人の孫」を演出し「時間ですよ」「寺内貫太郎一家「ムー」等々
ドラマシリーズを次々とヒットさせ 80年にTBSを辞めて独立してしまいます。

日本のどこのTV局もそうですし、ラジオ局も 出版社もレコード会社も同じなのですが 40才を過ぎると
会社の仕組み上、現場を少しずつ離れていかなければならなくなります。
TV局でいえば スタートはADでやがてディレクターになり ディレクター & プロデューサーとなり
ディレクターがはずれて プロデューサー専業になり そのうち制作部長になってしまうといったコースが
決められていて そのコースにのっていかなければなりません。

久世光彦さんも多分そういうコースが用意されていたのでしょうが、「イヤ、自分はずっと演出をし続けたい」
と考えて、TBSを退社して 会社をつくり フリーのドラマ制作者になったのだろうと思います。
TBSを退社してから 年に4〜5作品のドラマを25年にわたって作り続けていました。
ドラマを演出する一方で久世光彦さんは文筆活動をはじめました。