久世光彦さんのこと 5

久世光彦さんのことを今日も書きます。
3月2日に突然亡くなられて、1週間経ちました。
久世さんが「週刊新潮」に「語り 森繁久彌」「文 久世光彦
「題名“大遺言書”」という連載をされていて、
今週(3月16日特大号)の連載が190回目で最終回に
なってしまいました。
決められた〆切り日より4日も早く原稿を編集部に入れていたおかげで
久世さんの葬儀のあとに絶筆となった最終回を読んでいます。
最終回は“「室内」休刊”という小見出しから始まっています。


“雑誌「室内」が今月号を最後に、五十年の歴史を終えた。
一応<休刊>とはなっているが、編集兼発行人の
訣別(けつべつ)に辞があって寂しい。・・・・・”
(「室内」は山本夏彦さんが昭和三十年に創刊し、三年前に亡くなる迄編集兼発行人だった。)
“室内が休刊になっていて、ようやく山本夏彦さんが
既に亡いことを実感している。・・・・・
『何でも、いつかは終わります。』は昔からの夏彦さんの
口癖だったが、それを当たり前のように、静かに終わってみせた
夏彦さんは、見事だった。
三年半の間、御子息に後を委ねての幕の引き方も
余韻を残してきれいだった。
私はここに、夏彦さんの終わりの美学を見たように思った。”


ここまで引用してきて私のブログをお読みの方が
「何を言おうとしているのかがわからない」の「二段重ね」になっているのに
ちがいないと気付きました。


(できれば週刊新潮3月16日特大号をお読み下さい)