勉強と教育 2

「時間を忘れて集中する、夢中になれるものを見付ける」が人生の目標の一つであったとしても、それを達成する技量などというものは それ程大したものではありません。 読み書き算盤(算数)という江戸時代の寺子屋の教育があれば十分な筈です。(笑) その程度の基礎技量で江戸時代の日本は運営され 又は発展し 明治維新をやっちゃったんですから。
受験戦争なんかない時代に 更に高度な学問を目指した人達は それぞれが「もっと学びたい」という強い意欲を自らが持っていました。 彼等は「時間を忘れて集中する、夢中になれる、ものを見付けた」人達だったのだと思います。 ですから 辞書もない時代にオランダ語を学び英語を学ぶ為に遠く長崎や江戸に お師匠さんを求めて長い旅ができたのでしょう。
「時間を忘れて集中する、夢中になれるものを見付ける」なんてことを自覚できるのは 何才ぐらいなのでしょうか? それを自覚するまで、読み、書き、算盤(算数)をしっかり学んでスポーツをしたら遊んだりすることのほうが 大事なんじゃないかと思うのです。