歌舞伎・プロレス論

 12月7日に渋谷・コクーンで、野田地図(NODA・MAP)の「ロープ」を見ました。良く出来た脚本というのは、舞台の上でかわされるセリフの裏やその裏の裏に本意が隠されていたり、あるいは隠されているように思えたりしますから、最初から終わるまで、緊張を強いられます。こういう芝居を見終わった後「自分は作者の意図をキチンと受け取めたのだろうか」と不安になります。(笑)自分なりの解釈で、作者の意図とはまったく関係なしに見当違いで感動してしまってもいいのですが、せっかく作者が大変な苦労をして書いた脚本と演出をした舞台なので、「意図どおり」に理解できたらいいなとは思うのです。(笑)

 そんなわけで、芝居のあと食事をして酒を飲みながら購入したパンフレットを読むのが楽しいのです。パンフレットには作者の「意図」が書いてあります。自分の理解が作者の「意図」に近かったりすると、まるで学生がテストの後に「正解」だったことを喜ぶように、その夜の食事と酒は一層美味に感じ、幸せになります。(笑)大人気な芝居ですから今からチケットを買いたいと思っても無理でしょうが、来年の1月31日までやっていますから可能なら是非ごらんください。自分の脳の理解するスピードが野田秀樹の世界にどこまでついていけるか試してみる価値があります。(笑)

 ところで、ここのところ烏賀陽弘道さんに対するオリコンによる訴訟事件が話題になっています。この件については津田大介さんが「音楽配信」というブログできわめて冷静に公平に(私はそのように思っています)解説し、意見を述べていて、私には津田さん以上のことは書けないので津田さんの意見に賛成することで私の立場を表明します。ただこの件を知ったときに、野田地図(NODA・MAP)の「ロープ」を思い出し、さらに「ロープ」のパンフレットの野田秀樹 × 中村勘三郎対談を思い出したので、そのことを書きます。

対談

  • 勘三郎:以前SPAという雑誌で、福田和也坪内祐三が対談していてね。その内容の面白かったのは「歌舞伎がいわゆるK−1になったらダメだ」といっていたこと。それはその通りだと思った。(略)
  • 野田:わかるわかる。
  • 勘三郎:うちの長男は今でもプロレスが本当だと信じている男だから。「あんなの額(ひたい)切っておいて、水絆創膏で止めて流血させるんだ」というと、実際は嘘だとわかっているのに、ファンだから「嘘じゃない」と言いたい。
  • 野田:そうやって信じているのが藤原竜也の役。レスラーなんだけど、やりながら嘘をつくことに悶々とする、みたいなね。
  • 勘三郎:だいたい歌舞伎もプロレスも似ているんだ、まるっきり嘘なんだから。(中略)「歌舞伎・プロレス論」は面白いよ。胡散臭くてね。(笑)
  • 野田:プロレスは芝居に確かに近いと思う。プロレスはストーリーがない試合は面白くないんだよね。今は「いかに本当であるかのように見せるか」だけで、ガチンコばかり見せようとするじゃない? でもそっちに進んでも、結局何がやりたいの、ってことになる。

 ここまでお読みになっている読者は私が何をいいたいかをおわかりいただけると思います。
歌舞伎という言葉を音楽業界あるいは芸能界と置き換えてください。もっとはっきりすると思います。

 野田秀樹さんと中村勘三郎さんは更に「プロレスも芝居も見世物だ。」と言い切っています。私も芸能は「見世物」だと思って、腹をくくって仕事をしています。そんな考え方を私はしていますから、オリコンが毎週作っているチャートの順位を昔からそんなに気にしていません。たしかにチャートの順位が上位であることが音楽ビジネスをしていく上で有利になることは間違いないのですが、そのチャート作成の成立過程の厳正さを陸上競技100mの世界記録が9秒77のアサファ・バウエルから9秒76のジャスティン・ガリトンにぬりかえられたときのレースの条件が規定どおりだったかを厳密に検証するようなことは必要ないと思っています。まあ乱暴に言ってしまえば「いいかげんでも良い」とすら思っています。

 おおよそのCD売り上げの順位がわかれば、オリコンチャートの役目は果たされています。私は、メジャーのレコード会社をやめて、時間がたっていますから最近の事はわかりませんが、レコード会社やマネージメントがいろんな理由で「どうしても1位になりたい」とか「10位以内に入りたい」といったときに、オリコンのチャート担当者のところに行って「何とかしてよ。」と頼みに行くことは日常的に行われていました。オリコンのチャート担当者がその頼みを受け入れたかどうかは決して言いませんから、本当のところはわかりませんが、「頼みに行く」ということは「それなりの効果」があるとみんなが勝手に思っているからですよネ。(笑) ・・・・・で、時々「頼んだのに無視された。」と怒る人達も当然でてきます。オリコンのヒットチャート担当者も「大変だろう」と同情します。順位を下げてくださいなんて頼みに来る人はいないのですから。オリコンの会社の方針とか社是のようなものを知らないので何ともいえないのですが、私はオリコンの存在を「チャートを使って音楽業界を盛り上げている会社」とシンプルに考えています。そのチャートをめぐって「正しい」とか「おかしい」とか色々な話が飛び交うことで業界の「盛り上げ」に役に立っています。「盛り上がる」ことが大事なのでチャートが厳密に「正しいこと」を私は必要としていません。

 野田秀樹 × 中村勘三郎対談「歌舞伎プロレス論」を引用させてもらった所以(ゆえん)です。

 今回のオリコンの訴訟は、「いかにオリコンチャートが公正であるか」、「チャートはガチンコだ」を「証明確認したい」ということのようですが、芸能界の本質は、そのような考え方と真反対にあると私は思っています。「オリコンチャートはオリコンが決めている」でどこが悪いのですか? それで「イイジャナイ」です。オリコンに私が期待するのは、こんなことではなくて、業界を「盛り上げる」ことなのです。そしてこれまでオリコンは、その役目を十二分に果たしているのではないですか。ですから、もっと自分のやっていることに自信を持っていただきたいと思うのです。